傘さしても濡れるんだけど

なんで…?

 
それに気づいたのは丁度今のような雨の季節だった。
薄鈍色の雲の下、まだらに咲いた傘の花が次々と駅の大きな入り口へ吸い込まれていく。私もまた、彼らあるいは彼女らと同様、体温を奪う雨から逃れるよう少し早足になりながら駅を目指していた。
構内へ辿り着いた人々は傘をまるで眠りにつく朝顔のように閉じ畳むと、今度は改札からホームへと流れ出していく。私も同様にしようと傘に付いた水滴を払いながら、ぼんやりとその人波を眺めていた。その時、全身を寒気が襲った。
ふと気づいてしまったのだ。
今まで気にすら止めていなかったその事実に。
 私一人だけが、ものすごく濡れているということに。
 
端的にいうと『同じように傘をさしているはずなのに、なぜか私だけ人一倍雨に濡れている』という事である。
当時の私は傘をさしても濡れてしまうのが当たり前になっていたため、雨の日とはそういうものであると認識していたのだが、それが普通ではないと気づいて、まず考えたことといえば『傘が小さいから』であった。私が愛用していた折りたたみ傘は晴雨兼用な上、非常に軽く持ち運びやすいため重宝していたのだが、そのコンパクトさ故か、使用時のサイズが普通の傘に比べてひとまわり小さかったのだ。しかし、どういう訳か一般的なビニール傘を使用している時も、なぜか私の服だけ色が変わるほど濡れているのである。
 
私が人より雨に濡れてしまう原因は、今もって明らかになっていない。そこでその謎を解明すべく考察し、いくつかの仮説を立ててみることにした。
 
最初に挙げる仮説は『傘をさすのが下手なせい』という物である。
姿勢が悪く体の重心が傾いており、それによって真直ぐさしているつもりの傘が傾き、体が濡れてしまっているのではないかという仮説だ。あくまで仮説である。根拠はない。
 
次に挙げる仮説は『荷物を庇いすぎている』ことが原因であるとする説だ。
外出の際何かしらの荷物を持ち歩いている者は決して少数ではないだろう。そしてその荷物をなんとしてでも雨から守りたい、そのためならば体が多少濡れるくらい惜しくはないという思いも不自然ではないはずだ。ノート、資料、本、パソコン、スマホ、ゲーム機…守りたい世界がそこにあるのだから。
それらを必要以上に庇いすぎているせいで、自分が傘から大幅にはみ出し、結果濡れてしまっている。これが2つ目の仮説の主な主張となる。つまり『相合傘で相手を雨に晒さぬように自らが肩を濡らす』という一連の流れを一人で完遂している訳だ。虚しい。
この仮説は個人的にかなり有力だと思うのだが、少々気になる点をあげるとすれば『同じように大事な荷物を庇いながら傘をさしている人々が、私と比べて濡れていない点』と『荷物を庇っている私はともかく、庇われている荷物までが他の人々のものより濡れている点』この二点でである。
 
ここまでに取り上げた仮説は、雨に対する私の対応が原因であるいう前提で考察された物であったので、この先は少し違う観点から立てた仮説を挙げていこう。
 
三つ目の仮説は、私が『人より保水力が高い』つまり『人より濡れている』のではなく『乾かないのではないか』という、今までとは視点を大幅に変えた説である。この説は雨に打たれて(無論傘はさしていた)冷えたからだを温めようと紅茶と菓子を用意していたときに閃いた物であり、その根拠は以下の通りだ。
砂糖は保水力が高い→私は砂糖をたくさん摂取している→私は保水力が高い
なかなか理にかなっていると思う。争点は『私』ではなく『私の服』が砂糖を大量に摂取している確証が無いというところか。
 
四つ目の仮説『世の中は不公平だから』
無情。
 
さて、最後にして最大の、これが結論と言っても過言では無い大本命の仮説を述べよう。
私は『雨に好かれている』のでは無いだろうか。
思い返せば肩や背中、腿や脛のような傘の効果範囲以外に、靴や髪すらも他人より濡れていることが多かった。特に靴に関してはあまりにひどいので一時期はレインブーツを使用していたが、そのブーツの中に雨水が進入してくることさえあった。あの絶望感は筆舌に尽くし難い。
つまり子犬が戯れで飛びつくように、雨粒の方が私に向かって飛び込んできているのだ。あるいは植物に水をやる感覚なのだろうか。これではどんなに傘をさすのが上手かろうが濡れてしまうのは仕方がない。愛が痛いとはまさにこのことだろうか。
 
今回の考察を経て、わかりやすく安易な答えに飛びつかず、多角的に、そして一歩引いた視点で物事を観察することの重要性に改めて気付かされた。
特に『自分が損をしている』『不利益なことが起こっている』と感じると、つい悲観的な思考へ陥りがちだが、そんな時にこそ一度冷静になり、客観性を持って事態を観察することが必要なのだ。それにより意外な美点が浮き彫りになる事もあるのだから。
なかなかに学びの多い取り組みであっただけに、雨に濡れない方法が学べなかったことが悔やまれてならない。

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